倉田百三、治らずに治った

作家の倉田百三がその昔、神経症を患い森田の所に入院した。退院する時に「治らずに治った」の名言を吐いて森田を後にしたが、この真の意味が何であるのかが森田の入院を経験した人も森田療法を知らない人にも疑問として残っていると思う。

森田療法の中でも鈴木療法は厳格を極める。鈴木は入院者に動きを要求し、気配り、工夫を要求した。指導者の号令のもと、必要なものを携えて指定場所に飛んで行く。しかも、指導者が何を望んでいるかを先読みしていないとならないから入院者は緊張する。

朝、洗面をする時には水を床にこぼさないように、人の洗面に邪魔にならないように、食器を洗う時は皿の洗い方、箸の洗い方まで指導される。植木の消毒は、農薬の噴霧場所、量、農薬が周りにかからないように細心の注意を払わなければならない。しかもノロノロやってはいけないから入院生は院内を走り回る事になる。この環境に適応できる人は退院する頃には、入院時とは打って変わったきびきびした人間に生まれ変わるが、私は遂に環境に適応できず鈴木の目を逃れて早く退院を待ち望んだ。

退院時には見送る職員、看護婦が「いやー、何々さん、貴方は見違えるほど良くなりましたねー」と声をかける。かけられた本人は気持ちが複雑だ。実はこの人達は治ったのでも何でもなく、強制的に動く訓練を身に付けただけだから、強迫観念を産出する脳はそのまま変わっていない。強迫観念は見かけ上、封印された状態で退院するだけだ。言わば歯の治療で痛み止めの注射を打っただけの状態に近いから、周りが貴方は変わったと言えば、治りとはこんなものかの複雑な気持ちで「治らずに治った」と言わざるを得ない。

この「治らずに治った」は倉田百三の専売特許ではなくて、厳格な森田療法を受けた人が退院する時に等しく言う。私も、鈴木を元気良く退院して行く人から、同じような感想を聞いたものだ。「入院した時と全然気持ちは変わらない。ただ、動きが活発になり、忘れている時が多くなった。だから治ったと思いたい」これが本音である。倉田百三は有名な文学者であるが彼も神経症を患うごく普通の患者であった。退院した倉田は恐らく生涯神経症が解決しなかったと思う。

そこで無為療法で治った人達はどう言うであろうか。
我々は「治る治らないなんて言ってないで、直ぐ雑用をしろ」と言う。斎藤は神経症者に全治を言わせない。全治と称して登場する人間を狂っているとして相手にしない。神経症が治るとは治りを言う必要がなくなることだ。恐らく、健康世界での脳の情報伝達の物理学は神経症のそれとは違うからだと思う。物理の世界でも古くはニュートン物理学で総てが説明出来たが、原子のような極小の世界を説明するにはニュートン物理学は最早用を成さなくなり、量子力学が代わって説明するようになった。

神経症の内側では治ったか治らないかが重要であり、それを問い続けているが神経症の外側では治りの疑問は最早消えていて、脳の情報伝達系は我々の体の動きに注目している。我々は常に動いているようには感じるが何かを必死に考えているようには感じない。では物事の判断がおろそかにされているかと思うと全く逆で、一瞬の内に重要な決定をして、しかもその決定の質が大変良い。

簡単に言えば、「対人恐怖を抱えて今後どう生きていけば良いのか」と深刻に考える人間を見て「おいおい、そこでぼんやりして何をしているのだ。あれもこれもやることは幾らでもあるではないか。よくそんな所でじっとしていられるな」と腹立たしげに見る。

我々無為療法で治った人は体の動きが軽く、とても神経症者と話あっている暇はない。


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