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昨日電車の宙吊り広告では、日本の精神分析学界が雅子様の治療をしている慶応大・大野医師の認知行動療法を非難して、「7年もかけてさっぱり治ってない」と非難していると大見出しで出ていた。これなど目くそが鼻くそをこき下ろす記事で笑ってしまった。大体神経症を含む不安障害の治療は極めて難しく、日本も世界も治ったのは斎藤一人と言う大変な難関なのです。
私は最初雅子様の病状を聞いたときにこの人は神経症ではないかと思い、だとすると治すのは大変難しいと考えた。実際その通りで彼女は今も変わっていない。だから精神分析学会にはそんなことも分からないのかと言いたい。 大体、精神分析はフロイトが開始した前時代的なもので、とても現在の脳科学とコンピューターの時代にマッチしない。その怪しい療法が今も存続しているのかと目を疑うが、まだ脳の科学がインチキ療法を淘汰するには力不足であるのだろう。 認知行動療法についてはインターネットを検索して出てきた説明文を読んで見た。しかしやたら長い説明で、一体どういう原理で何をしようとしているのか具体的につかめない。 恐らく不安傷害の患者に不安がどのように起こっているのか説明し、脱感作訓練で恐怖に慣れさせながら症状を緩和する療法と言うことだろう。しかしこんなの誰でも考えるやり方であり神経症者自身が既に試みていて上手く行かないのが分かっている。 最近は更にマインドフルネスを標榜する瞑想も取り入れていると言うから驚く。何か効果がありそうなものをごったまぜした感じで、良識ある神経症者なら直ぐ拒否する代物です。 「無」即ちゼロを追求する簡明な無為療法に比べて差がありすぎる。 ある神経症者からの便りによると、最近の認知行動療法は進化していて以前とは違うと言うが、大体、療法が進歩したらから神経症を治す可能性が出てきたと考えるのは、それが神経症者のマインドセットであり、療法を求めて果てしない努力を繰り返す神経症者の態度です。 無為療法では、神経症を脳の狂いと捉える。だから説明だ、説得だ、理解だと迫るのが意味ない。この脳の狂いを修復する医学が登場するのは100年後に可能かどうかと言うほど極めて難しい。 ではその脳科学が解き明かす前にどうして斎藤が治ったか。 喘息の発作を例に取ると、普通の人は発作が起きると何か手当てをして症状の緩和をはかる。喘息ではこのようにして何とか凌ぐのですが、神経症の不安発作は手当てをすればするほど段々悪くなり、最後に手に負えなくなる。だから斎藤は手当てをすること自体が間違っていたのだとある日に気がつき、総ての手当てを停止した。 すると不思議に今まで毎分毎時襲ってきた不安発作が次第次第に減っていき今では殆ど消え去ってしまった。興奮が冷めるに従い過剰反応しやすい回路の修復が一部行われたのだろうと私は見る。 こう書くと簡単だが神経症者が私のホームページを読むと私の本来意図したものが読めない。強烈な強迫観念が読解力までも影響を与えてしまうのであろう。しかしこれが現実であり、恐らく今後も斎藤と数人しか神経症を脱出する人は出てこないであろうと私は悲観している。 ホームページへ |